音楽体験を味覚に変換する実験イベント「味覚音楽」

音楽を起点に、交流のユニバーサルデザインを考える探求プロジェクト

ユニバーサルデザインとは、年齢や障害の有無などにかかわらず、できるだけ多くの人に利用しやすいよう配慮されたデザインのことをいいます。階段のスロープや、車椅子対応のトイレ、ノンステップバスなど生活のインフラを中心として浸透が進んでいる考え方です。
一方で、コミュニケーションやエンタメにおいて、特性のある人が他の人々と共に楽しめる場はまだまだ限られています。お互いのちがいを受け入れるのが難しかったり、心理的な障壁が生まれてしまうことは少なくありません。

そこで株式会社人と音色、NPO法人Silent Voice、株式会社人間の3社は共同で「交流のユニバーサルデザイン」を研究するプロジェクト『響感覚』を立ち上げました。「交流のユニバーサルデザイン」とは、年齢や言語、障害などさまざまなちがいをもつ人々が、互いの視点や感性を発揮し、「ちがいが魅力となる場のデザイン」ことを言います。それぞれのもつ異なる感性=異感覚に注目し、共に対話や創作活動を行うことで今までにない新たな体験価値を生み出し、より豊かな体験が生まれる世界を目指します。本レポートでは、プロジェクトの一環で行った実験イベント「味覚音楽」の様子や、気づきをまとめます。

※音楽体験:音楽を聴く、楽器に触れる、歌詞を読む、作曲するなど「耳で聴く」だけに留まらない、様々な音楽と接し方を指しています。

実験内容

イベント概要

味覚音楽は音楽を「耳で聴く」だけでなく「見る」「さわる」「感じる」など、全身で音楽空間を体感し、そのときの感情を料理(味覚)で再表現する実験的なイベントです。音楽に触れた瞬間の感情を、味覚で再表現するプロセスのなかで、参加者それぞれの多様な認知や思考、異感覚の面白さに注目しています。
なお、本イベントには、異感覚をもって音楽体験を捉えている”耳の聞こえない方(ろう者)”も参加してもらいました。

体験の流れ

味覚音楽の体験は、「音楽を感じる→感情を共有する→別の感覚に置き換える」を体現するため、次の3つのステップで設計しています。

体験1)音楽を全身で感じる

音楽を耳で聴くだけでなく、歌詞を読む、楽器に触れる、寝そべって振動を感じる、後ろから覗くなど、アーティストの表情や身振りをを見る、音楽ライブでは体験したことのない体感に挑戦。

体験2)感情を画や言葉で共有し、料理のレシピをつくる

音楽で感じたことをグループワークで共有。その際ファシリテーションを勤めるのが料理スタッフ。みんなの異感覚なコメントを取り入れながら、料理のコンセプト・レシピを作成。

体験3)実際に料理をして、食べたときの「感情」と向き合う

実際に料理を行う。食材えらび、切込みの入れ方、火の通し方、混ざり合う感じなど、様々な工夫で音楽体験を再現。

イベントの様子

体験1)音楽を全身で感じる

演奏を行ってくれたのは、男6人が心で奏でるソウルブラザーズバンド「ラッキーセベン」。まさに触れられる距離で、ライブパフォーマンスを行いました。その際、参加者には、ただただ「音楽を聴く」というスタンスではなく全身で「音楽体験」を味わってもらうために指令カードを用意。「楽器に触れる」「ステージの後ろに立つ」「片耳を塞いでみる」など、普段やったことない音楽体験を強制的に作りました。
するとドラムに身体を寄せて背中で音楽を感じるなど、より自由な体感方法が生まれました。

バスドラムに身体をくっつけて全身で感じようとする様子

体験2)感情を画や言葉で共有し、料理のレシピをつくる

3曲のパフォーマンスの後、レシピカードに感じたことを描きグループで共有。このとき参加者の感情をヒアリングするファシリテーターとして、各グループに1名ずつ料理人が参加します。

「2曲目は切なくて、ドロドロした感じ。ぐちゃぐちゃになってる。」
「3曲目は海辺を歩いてる情景。包まれている気持ち」
「会場全体だと、1曲目はまだ緊張があったけど、3曲目は一体感が生まれていた」

ひとりひとり話す中で「わかる!」「それってどういうこと?」などと、感覚が通じ合ったりことを喜んだり、逆に感覚のちがいに興味を示す場面が多々ありました。
特に、ろう者の参加者がどのようにパフォーマンスを捉えているのかは全員が興味津々。彼は、パフォーマーの表情と雰囲気から、ライブで伝えようとしている世界観を事細かに捉えていました。演奏したラッキーセベンのメンバーも「そんなに感じてくれてるんや、、。」と、参加者の声に耳を傾けていました。

体験3)実際に料理をして、食べたときの「感情」と向き合う

グループワークで生まれた意見をもとに、料理人を中心に実際に調理を行います。
「強くて、重い。ドロドロした感じ」の2曲目を題材にしたチームは、色の濃いビーツや、味の強い具材を使ったシチュー・カレーを。最後は形も残らないほどにドロドロに溶けて混ざるという方針になったようです。

強くて、重くて、ドロドロを表現する野菜選び

「1曲目はバラバラだった会場も、3曲目には一体になっていた」とライブ全体を表現したいとテーマを掲げたチーム、様々なものが溶け込むカレーを。そのとき一部の野菜は生のまま別トッピングとして、一口目は混ざっていないけれど、食べ進める中でカレーに混ざっていくという体験で表現。

また鍋の真ん中に佇む梨は、いろんな参加者が自分の手で感情を切り込んだもの。「ストレートな歌詞が刺さった」人は、梨にナイフを先端から当てて、「包み込まれるような感じを受けた」人は、ナイフで梨を一周するように切れ込みを入れていました。調理の中でマイクのかわりに包丁をもたせインタビューをするような時間は、今まで体験したことのない感情との向き合い方でした。

「包み込まれた」印象のままに切り込みを入れている様子
色んな感情が刻み込まれた梨

参加した方々の声

参加者の声

「身体で感じようと、身体に集中しようとしてる人がたくさんいました。みんながどうやって感じようとしているのか学びが多くありました」

「音じゃなくて、その中心にある空気や世界があるのに気づけて、それを色んな角度で捉えようとしてる体験がエモーショナルだった」

「料理を食べたときに自分が発言した「激しさ」「やさしさ」みたいなものを、自分で感じられたのが発見だった。」

「料理と音楽がなんか繋がっている感じは食べた瞬間に自分で感じられた。こういう体験を続けていったら、色んな立場でおもしろい気付きが生まれると思いました。」

「音楽で感じたことを共有して、料理にしたものをまたみんなで共有して、、。音楽をみんなで何重にも味わった幸福感を感じています。」

「音楽にふれたときに感じたことを言葉にするのって、普段ならもっと躊躇してしまうけど、この場にはそれを受け止めてくれる安心感があった。」

「言葉」じゃなくて、演奏中の時間・空間だから伝わることがあるんだと感じた。普段”言葉で伝えること”にこだわりすぎてないかと、自分を振り返る気づきがあった。

「料理を通じて、自分が感じたことや、みんながどうやって感じたのかをしれた感じがして面白かった。音楽と料理のハーモニーという切り口は僕も面白かった。」

「『伝えたい!』という気持ちと『知りたい!』という気持ちがこの会場にあふれていた。結果的に全部が伝わらなくても、それもそれで良かったんじゃないかな、という温かい気持ちになれた。」

料理人の声

「感情の表現がフレーズ、色、線、絵などなど、いろんな伝え方をしているのは興味深い。」

「ディスカッションのあと「こんな食材があったらよかったのに」と思う場面もあったが、音楽家が与えられた環境で最大限のパフォーマンスをするように、その場にある食材だけで料理をつくる『ライブ』な料理に挑戦してみようと思えた。初めての経験だったし、今日しか作り出せないような料理をこの空間で生み出せたのがよかった。」

「一回自分の常識を空っぽにしないと行けない気がした。普段は完成形をイメージして、そこに向かって調理いくが、それを一回取っ払ってみました。」

「そんな状態で頭空っぽで音楽感じてみたら、感じていることはあるけど、言葉は何もでてこなかった。だから、ここにいる色んなものを感じている参加者のみなさんに、どんどん振って、みんなの力にまかせて料理をつくってみるという初めてのやりかたを試してみました。」

「この場では、普段当たり前と思ってることが、当たり前じゃない、っていうことをすごく感じた時間だった。「音がきこえないってどんな感じだろう」とめっちゃ想像したし、「かっこいいと感じられる」「美味しいとおもえる」そんな感覚も自分の体調や気分しだいでは鈍くなってしまう。今日はいろんなものを感じられる状態なんだって事に気づけて幸せに思えた。」

音楽家の声

「今日はぼくらは心で伝えようとしたし、相手もめっちゃ感じようとしてくれてる感じがして一体感がすごかった。だから今この瞬間にもっと何を伝えようか、ってことを新鮮に感じられた。料理を食べたときにも、自分が伝えたかったことがそこに見つかった感覚もある。」

「言葉にならへん感覚がある。むしろ言葉にしたくないことが、たくさんある。今日感じたことを、ぼくはまた2,3日噛み締めて、出てきた答えを音楽で表現してみたい。」

「感謝がすごい。1回目に演奏したときも表情も演奏も全力でやったんですけど、ディスカッションのときに「こんなところまでキャッチしてくれてんの!?」と驚いて感動した。

そのあとにリクエストでもう一回演奏したときは”感情に弾かされる”みたいな不思議な感覚にであった。普段どこかにある「上手に演奏したい」という気持ちが、2回目は全くなくなって、これが自分のスタイルなんじゃないか、と思った。」

「普段、お客さんから直接フィードバックもらえることはない。「よかったよ」というのはあるけど、感情をそのままぶつけられるようなことはなくて、今日は普段の音楽を超えてしまってる感覚。爆発する何かを感じてる。」

「みんな感じたこととかもバラバラのはずなんだけど、料理になったときにそれがまとまってるのが不思議だった。料理を食べた時に”ラッキーセベン”を食べられた感覚がある。」

まとめ

今回の実験イベントでは、感情を中心に音楽から料理(味覚)へ変換する体験を3時間のなかで実装しました。参加者の声にもあったとおり、自分からメッセージをキャッチしにいったり、キャッチした自分の感情を見つめ直す時間の中で、伝えよう/相手を知ろう というエネルギーがすごく充満していた空間だったと思います。
またろう者の存在のおかげで、音楽を耳で聴くだけでなく、表情を見る、雰囲気を感じ取る歌詞から映像を連想するなど、自分とはちがう感性の存在に気づくことができました。きがありました。そうした特異な感性に気づけた結果、イベントの狙いの1つが達成できたと思います。一方で、ろう者のもつ感性をもっと引き出せるような環境設定や導入の工夫なども、実施後の反省として上がってきました。

今後もこのような実験と検証を繰り返して、インクルーシブな場を生み出すノウハウを探求していきたいと思います。

この実験イベント(ワークショップ)を実施してみたい、研究に携わりたい企業・団体・個人の方がいましたらお問合せにご連絡ください。


この研究に参加したメンバー

武藤崇史

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